広島地方裁判所 昭和52年(わ)186号 判決 1977年5月30日
主文
被告人李鐘洛を懲役二年六月に、被告人松島亮介を懲役一年八月および罰金五万円に、被告人金容述を懲役二年にそれぞれ処する。
被告人李、同金に対し、未決勾留日数中六〇日を、それぞれその刑に算入する。
被告人松島において右罰金を完納することができないときは、金二、〇〇〇円を一日に換算した期間、同被告人を労役場に留置する。
この裁判確定の日から、被告人松島に対し三年間右懲役刑の、被告人金に対し四年間右刑の各執行をそれぞれ猶予する。
被告人松島、同金を右猶予の各期間中それぞれ保護観察に付する。
理由
(罪となるべき事実)
第一、被告人三名は、昭和五二年一月三〇日午後一〇時ころ、広島市○○○×丁目×番××号所在の飲食店「○○」こと「○○○」でA(当時一六年)らと共に飲食雑談中、「若い女でええのはおらんかのう。」という話題になったところ、右Aがかねて顔見知りであったB子(当時一七年)の名を挙げた。そこで被告人らは同女を呼び出すことに意見が一致し、Aが電話で同女と待ち合わせる場所を約束するや、被告人松島が運転する普通乗用自動車(広島五ぬ三〇二六号)に同乗して待合わせ場所である同市○○町大字○○×××番地所在の喫茶店「○○○○」に向った。そしてその車中において、被告人らは共謀のうえ同女を他に連行してでも強いて姦淫しようと企て、同日午後一一時ころ、前記「○○○○」駐車場に到達するや、同店前に待っていた同女を、口実を設けて右自動車後部座席に乗車させ、右Aと被告人李鐘洛が両脇からこれを挾んで座って同女の脱出を不能にするとともに、身の危険を察した同女が「降ろして、帰らにゃあいけん。」と哀願するのを無視して車を発進させ、被告人ら男四名の乗車する同車内に同女をとじ込めたうえ、時速約五、六〇キロメートルで走行中の車内で何度も「帰らせて。」と泣き叫ぶ同女に対し、被告人金容述が「わしゃあ人を殺しており刑務所へ行かねばいけんのでもうどうなってもええんじゃ。」「九州へ行く。九州へ行けば五〇万くらいで売れる。」被告人李鐘洛が「そうよ九州へ行こうか。」被告人松島亮介およびAが「もう往生せえや。」等とそれぞれ申し向けて脅迫しながら、同市○○町×番地○○○学校東側国鉄山陽本線鉄橋○○○川放水路河川敷まで同女を連行し、翌三一日午前零時三〇分ころ、同所に停車させた同車内において、他の三名を順番待ちのため車外に出したあと、被告人李鐘洛が、前記脅迫を受けて畏怖している同女に対し、「やらせえ。外のもんはやる気になっておる。わしにやらせたら外のもんにはたらい回しにさせん。」等と申し向けてさらに脅迫し、その反抗を抑圧したうえ、同女のジーパンとパンツを太腿部まで引きずりおろし、左手の示指を陰部に突込んで弄び、同女を同被告人の膝に乗せ、強いて姦淫しようとしたが、陰茎を同女の陰部に挿入できなかったためその目的を遂げず、その際、右暴行により同女に対し加療約三日間を要する外陰部擦過傷の傷害を負わせるとともに、この間同女を同車内から脱出できないようにして不法に監禁し、
第二、被告人松島亮介は、公安委員会の運転免許を受けないで、昭和五二年一月三〇日午後一〇時すぎころから翌三一日午前一時ころまでの間、広島市○○○×丁目×番×号所在○○通運社宅前路上から、同市○○町大字○○×××番地所在喫茶店「○○○○」付近までの間、普通乗用自動車(広島五ぬ三〇二六号)を運転し
たものである。
(証拠の標目)《省略》
(法令の適用)
被告人李鐘洛につき
被告人李鐘洛の判示第一の所為中、強姦致傷の点は刑法六〇条、一八一条(一七九条、一七七条前段)に、監禁の点は同法六〇条、二二〇条一項に該当するが、右は一個の行為で二個の罪名に触れる場合であるから、同法五四条一項前段、一〇条により一罪として重い強姦致傷罪の刑で処断することとし、所定刑中有期懲役刑を選択し、なお犯情を考慮し、同法六六条、七一条、六八条三号により酌量減軽をした刑期の範囲内で同被告人を懲役二年六月に処し、同法二一条を適用して未決勾留日数のうち六〇日を右の刑に算入することとし、訴訟費用については、刑事訴訟法一八一条一項但書によりこれを同被告人に負担させないこととする。
被告人松島亮介につき
被告人松島亮介の判示第一の所為中、強姦致傷の点は刑法六〇条、一八一条(一七九条、一七七条前段)に、監禁の点は同法六〇条、二二〇条一項に、判示第二の所為は道路交通法一一八条一項一号、六四条にそれぞれ該当するが、判示第一の強姦致傷と監禁は一個の行為で二個の罪名に触れる場合であるから、刑法五四条一項前段、一〇条により一罪として重い強姦致傷罪の刑で処断することとし、所定刑中有期懲役刑を選択し、判示第二の罪につき所定刑中罰金刑を選択し、以上は同法四五条前段の併合罪なので、同法四八条一項により第一の罪の懲役と第二の罪の罰金とを併科することとし、なお犯情を考慮し、同法六六条、七一条、六八条三号により酌量減軽した刑期および所定金額の範囲内で同被告人を懲役一年八月および罰金五万円に処し、右の罰金を完納することができないときは、同法一八条により金二、〇〇〇円を一日に換算した期間同被告人を労役場に留置することとし、情状により同法二五条一項を適用してこの裁判の確定した日から、三年間右懲役刑の執行を猶予するが、なお再犯を防止し併せて更生を援助するため同法二五条の二第一項前段を適用して、同被告人を右の猶予の期間中保護観察に付し、訴訟費用については刑事訴訟法一八一条一項但書によりこれを、同被告人に負担させないこととする。
被告人金容述につき
被告人金容述の判示第一の所為中、強姦致傷の点は刑法六〇条、一八一条(一七九条、一七七条前段)に、監禁の点は同法六〇条、二二〇条一項に該当するが、右は一個の行為で二個の罪名に触れる場合であるから、同法五四条一項前段、一〇条により一罪として重い強姦致傷罪の刑で処断することとし、所定刑中有期懲役刑を選択し、なお犯情を考慮し、同法六六条、七一条、六八条三号により酌量減軽をした刑期の範囲内で同被告人を懲役二年に処し同法二一条を適用して未決勾留日数のうち六〇日を右の刑に算入することとし、情状により同法二五条一項を適用してこの裁判の確定した日から四年間右の刑の執行を猶予するが、再犯を防止し併せて更生を援助するため同法二五条の二第一項前段を適用して同被告人を右の猶予の期間中保護観察に付することとする。
(判示第一の事実の罪数について)
当裁判所は、本件判示第一の強姦致傷と監禁の各訴因を観念的競合の関係にあると認めたので、以下その理由を説明する。
一、刑法五四条一項前段にいう「一個ノ行為」とは、一般に、法的評価を離れ構成要件的観点を捨象した自然的観察のもとで行為者の動態が社会通念上一個のものとの評価を受ける場合がこれにあたると解されている。
二、そこで右見解に基き本件を考えて見るに、
(一) 前掲関係各証拠によれば、被告人らにおいては、深夜、被害者B子をAの詐言によって呼び出し、その待合わせ場所に向う途中の自動車内において、既に同女を他に連行してでも強いて姦淫しようという強姦の犯意の共謀が成立しておること、待っていた同女が当初車内に乗り込むのに極めて警戒的であったのを、被告人李鐘洛がいったん車外に出て後部座席に余裕を作り、同女がAの強い勧めを断りきれずに半身を車中に入れて腰をおろしたのを利用し、その外側から車外に出ていた被告人李鐘洛が同女を車丙に押し込むようにして再び乗車し、同女を被告人李鐘洛とAが挾み込んだ状態にしたままドアを閉め、直ちに車を発進させたこと、がそれぞれ認められるのである。
(二) そうであれば、本件においては、被告人らが同女を右自動車後部座席に強引に座らせ、同車を発車させた時点に、強姦の着手行為があったと認めるのが相当である。けだし年若い女性が深夜、車に閉じ込められ、しかもその車が発進するときは、それだけでも脱出が著しく困難となり、かつ畏怖の念をつのらせるのが通常であるうえ、本件においては、乗車させられた車内に男四人が座乗し、かつその内の二名に両脇から挾まれて事実上脱出不能にされたのであるから、車の発進によって、被害者が反抗し救援を求めることが物理的に不可能となるのみならず、被害者は当然に強姦の危険を直感し畏怖の念を生じるとともに、抵抗の無力さを悟り抵抗心、反抗心を喪失するに至ったものと認定するのはさほど困難ではなく、また、かような現実の事態を把握し、あわせて被告人らの強姦の犯意の強さを考慮するならば、かかる行為の段階で既に被害者の反抗を著しく抑圧するに足る脅迫行為(すなわち強姦の着手)の存在が認められるからである。
(三) ところで、右強姦の着手時点が、同時に本件監禁の着手に該ることは多言を要しない。そして、強姦行為の終了とほぼ時を同じくして被害者の拘束は事実上解かれ、その後帰途についているのであるから、監禁行為の終了時もそのときと認定して妨げない。
(四) 以上の認定によれば、本件強姦致傷と監禁は、行為の主体、客体ともに同一人であり、かつ犯行の着手、終了の全過程において時間的、場所的に完全に合致するところから、文字通り自然的観察のもとにおいても社会通念上「一個ノ行為」によって実現されたものといわなければならない。したがって、当裁判所は、本件判示第一の所為を、刑法五四条一項前段の観念的競合と解するを相当とするものである。
(量刑の事情)
本件判示第一の犯行は、被告人らが自己の欲情を遂げんとして、詐言を弄して深夜呼び出した女子高校生である被害者を自動車内に監禁したうえ、他所へ連行して数人がかりで無理矢理に輪姦しようとしたものであって、かような被害者の人格を全く無視した行為は人道的見地に立っても到底許されないところである。就中被告人李は、妻子を有する身でありながら本件犯行の主導的役割を果し、最初に姦淫行為に及ぶなど強い積極性が認められ、その刑責は被告人三名中最も重いものがあり、また被告人松島、同金においては、いずれも姦淫の事実上の着手には及んでいないが、被害者連行の間、終始積極的加担の態度を見せ、被害者を畏怖せしめた言動は軽視しがたいものがある。
しかし一方、本件においては、被害者にも、一面識しかないAの詐言に安々と乗ぜられ、深夜被告人らの乗車する自動車内に入り込むという重大な落度が認められること、また姦淫の点も幸にして未遂に終り、被害者の受けた負傷の程度も比較的軽微であったこと、犯行後、被告人らはいずれも当法廷において自己の罪を深く反省し改悛の情を示していること、現在は被告人及び被告人の家族らにおいて、被害者に対しそれぞれ慰藉の方法を講じ被害者の保護者又はその代理人から、当裁判所に対し被告人らの寛大な処分を望む嘆願書が提出されていること、など酌量すべき事情も多く認められるのである。
そこで以上の各情状を総合して、被告人の量刑を考えて見るに先ず被告人李については、右有利な事情の存在にもかかわらず、前叙のとおり犯情は極めて悪く、その刑責はまことに重いものがあり、かつその犯歴等に照らすと、粗暴的傾向が窺われるのであるから、一般予防、特別予防いずれの見地に立って見ても、主文の実刑処断はやむを得ないところである。次に、被告人松島、同金については、その刑責必ずしも軽いとは言い難いところではあるが、前述のとおり本件につき姦淫の事実上の着手に及んでいないこと、被告人李に比して従属的立場にあったこと、被告人金は少年時に保護歴があるほか前科がなく、被告人松島には前科前歴が全くないこと、及び前叙有利な諸事情に照らすと、今回に限り強姦致傷罪について刑の執行を猶予するのが相当と思料される。しかし右両名の従前の生活態度からすると再犯のおそれが全くないとは言えないので、各執行猶予の期間中保護観察に付し、国家機関による指導監督に委ねることとした。
よって主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 植杉豊 裁判官 正木勝彦 永松健幹)